炎熱/小話
「炎山?」
俺の腕に自らの腕を絡ませながら過度に体を寄せて、問いかけを含みながらこちらを見上げてくる熱斗の瞳は、どこかいたずらを秘めている。もう何度となく繰り返してきたシチュエーションだ。俺がなにを思っているか分かっているのだろう。
「少しは人目というものを気にしたらどうだ?」
「なんでだよ。……それとも、もしかして、炎山、」
ああ、駄目だ。
俺はこの後にこいつがなにを言うのかもう嫌というほどに知っている。
なのに、咎める台詞を言うのをやめることも言い返すこともできないのはなぜだろう。
「……炎山は俺とつき合ってるのを恥じるべきことだと思ってるの?」
わざとらしく瞳を潤ませてじっと見上げてくる熱斗ももう見慣れているはずなのに、その度に俺が心を痛めるのはきっと、惚れた弱みというやつなのだろうけど。
「そういう意味じゃなく、こう。…普通に恥ずかしいだろう。もう少し離れろ。」
「えー、このぐらい普通だって。てか、俺は恥ずかしくないし。炎山もそろそろ慣れろよな。少しは。」
そう、さっきの弱々しい様子をあっさりと捨て、ふてぶてしく言い返してきた熱斗は絡めた腕を放すつもりはないようだ。
(…俺がおかしいのか?)
周りを行く人々は特に俺たちの様子を気にとめる様子もない。
ああそうか。都会を行く人々は周りを気にする暇もないのか。
それが合っているのかどうかは知る由もないが。
隣を機嫌よく歩く熱斗を見下ろしながら、ふいに昔が脳裏に甦り、ため息をつきたくなる。
間違ってもつけないが。
(なんで、こんな、)
昔の熱斗は公共の場で手を繋ぐことすらためらっていて、俺が少し強引に繋げば、戸惑いながらもそれはそれは可愛く微笑んでいた。
そんな熱斗の反応は、俺たちが付き合い初めて何年かは変わらずにいた。いつだって初々しい様を見せていたのだが。
(結局、何がきっかけだったんだ?)
そう。変化は本当に唐突に訪れた。
ついこの間までは初々しかった熱斗から、積極的に手を繋いできたのだ。しかも、その日のうちに腕を組む、にまで進化していた。
なんでそんな風に積極的になったのか、熱斗に聞いても笑って誤魔化されるばかりで結局聞けず仕舞いとなってしまっていた。
その頃から、いちいちの熱斗の反応を見て楽しんでいた俺は、その楽しみを半分ほど奪われた上、さり気なく熱斗に俺の手綱を握られ始めたのだった。
「なんだよ、炎山。まだ、恥ずかしいとかうだうだ考えてたのか?」
「…うだうだって、おまえ。」
「そんな難しく考えなくてもさ、」
そこで一端わざと間を取るように黙り込む熱斗を訝しげに見てれば、ぎゅっと繋がれた腕に殊更力を込めてきて、
「俺はこうやって炎山にいっぱい触ってられるのが嬉しいから。」
炎山は違うの、と問いかけるようにのぞき込んできた熱斗に、俺はもうため息すらこぼすことは出来ない。
いとも簡単に変わってしまう己の意志の軽さはこの際おいておいて、期待の視線に応えるため、絡められた腕を解いて彼と指を絡めた。
【どうせ負け戦】
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