(来てないことくらい分かってたさ)
感情のままに口に出さないようにしながら、それでも心の中呟く声は止まらない。
(昨日仕事が入ったって言ってたし、)
少し遅れてでも行くと言った彼に、無理をしなくていいと告げたのは他でもない俺だ。
それでも、いつだって俺より先に来ていた彼の姿が見えなかったことに悪態をつくことは止められなかった。
(くそ、)
そのままその場にうずくまってしまいたい衝動に駆られる。けれどそれと同時にどこかに走っていってしまいたいような気もする。その感情を踏みしめて一歩一歩ベンチへと近づいた。
いつも待ち合わせの場所に使っているベンチは、けれど一度も座ったことがなかったためか全く馴染んでくれない。それがなんだか妙に腹立たしくて。止めを刺されたかなとも思う。
時計を見ればもう1時からは10分過ぎている。
「なぁ、ロックマン、」
『な、何?熱斗くん。』
今までただ俺の行動を見守っていたロックマンは突然声をかけたせいか、すこし焦っていてなんだか少しだけ笑えた。
「俺、なにやってるんだろうな。」
『……炎山を待ってるんじゃないの?』
「どう考えても、そうだよな。」
やっぱりそうだよな、と頭で繰り返しながら、苦しいような痛いような寂しいような、それが全部混ざったような、よく分からない気持ちになっていた。
本当に俺、どうしたいんだろう。
PETをホルダーから取り出してロックマンを見れば、淡く微笑んでるロックマンと目があった。
『熱斗くんはさ、炎山が来ないかなって期待してるんだね。』
「でも、俺が来なくていいって言ったんだぜ。」
『それは、炎山を気遣ってでしょ。でも、熱斗くんは本当は炎山に会いたかったから来ちゃったんだよ。』
頭と心が別々なことを考えて、どうしようもなくなっちゃったんだね、きっと。
そう締めくくって優しく笑うロックマンから目を反らしてそっと伏せる。
そうかもしれない。というか、きっとそうだった。
連絡を寄越してきた炎山の顔色は悪くて、それでも更に無理するみたいなことを言うからそんなことして倒れたりしてほしくなくて、休めよって言ったんだ。それが一番いいと思ってたし、今だってそう思ってる。
ただ、一番の誤算は、俺がこんなに炎山に会いたがってるなんてことだ。
『どうする?炎山に連絡してみる?』
「それは、いい。休んでるだろうから。」
即答だった。考えるよりも早く、それはするっと口からでてきていた。
頭は炎山には休養が必要だって言っていて、心は炎山に会いたいなって気持ちに加えて休んでほしいって気持ちも持ってるから、きっと俺は今ここに一人なんだ。
『それで?それじゃあ、どうするの?』
「もう少し、ここにいようかな。」
『風邪、ひかない程度にしておきなよ。寒いんだから。』
「分かってる。」
もう少し、ここにいよう。炎山は来ない。それでも。
今度会ったときに、俺待ってたんだぜ、と理不尽に責め立ててやるんだ。きっと困り出す炎山に今日感じた気持ちをそのまま話してみようかなって思う。たとえ困らないで怒りだしたって、この気持ちを聞いたら喜んでくれるんじゃないかなって思ったら、なんだか楽しくて嬉しくなる。
いつか炎山が座っていたベンチの表面を撫でて、思った。いつも待っていてくれる炎山のこと。
待ち合わせだけじゃなくて、もっと他のことだって俺のことを待っていてくれる炎山。こうやって付き合っているときにも、俺の精神的なところを少しずつ少しずつ進めさせては、俺が炎山に追いつくまではずっと待っていてくれている。炎山がたまに困ったように笑うのは、そのリードを振り払ってひとっ飛びに前に進んじゃったときだってことも気づいてる。だからってどうしようもないんだけどさ。
それでも、俺や炎山も気づかないうちに俺の気持ちがこんなに大きくなってたんだぞって言ったら、少しは炎山が困った顔して笑う回数も減ってくれるだろうか。
【待ちぼうけ】
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