今度の休みのことネットバトルのこと昨日のこと。熱斗はだらなしなくソファーに横になり無意味にクッションをいじりながら、俺は大して集中もしてない本を片手に、ごくごく日常的な会話を交していた。
そんな普通の会話の流れの中、それを明らかに無視した爆弾を唐突に投下したのは熱斗からだった。
「またお見合い断ったんだってな。」
まさかそんな話題になるとは思ってもいなくて、驚きに本から顔を上げれば、静かな視線とかち合った。
「どこで聞いた。」
「どこだっていいじゃん。」
探るように視線を向けるが本人には全く言うつもりがないらしく、こちらを向いていた瞳は下に逸らされる。たとえ熱斗が言わなくともなんとなく想像はつくが。大方、社員の噂話でも聞いたのだろう。
「これで断るの何回目だっけ。」
「さてな。」
ぽつりこぼすように漏らされた問いには投げやりに答える。そんなものの回数は確か二回あたりを越えたところで数えるのをやめたのだった気がする。我ながら早すぎる気もするが、数えても意味はないし、回数を認識してしまうと呆れやら疲れやらが増すだけだ。
「いつか、炎山が断れないようなのが来るかもな。」
消えるように本当に小さく溢れた言葉だったがそれでもしっかりと耳に届いたそれに熱斗を見遣る。仮にも恋人に関することなのに、どこか他人事のようにつぶやく熱斗の真意は読めない。先ほどから軽く伏せられた瞼に邪魔されてうまく目から感情すらも読みとれない。
「もしかしたらな。」
「…だよな。会社の難しいことなんてわかんないけど。」
「そうなったら、どうする?熱斗。」
どこかどうでもいいように聞こえる熱斗の声音に心中複雑な思いに駆られて、意地が悪く聞こえるように問いを投げかける。すれば逸らされていた視線がこちらに向いて、熱斗は意外からか驚きからかぱちぱちと数回瞬き、それから思案するように瞼が閉じられた。唸るような声を薄くあげている熱斗を、期待半分恐怖半分ともいえる複雑な思いで見つめていると、熱斗ははたと目を開き、俺に向かっていたずらっ子のように笑んでみせた。
「そのとき俺がすっごく炎山のこと好きで炎山も俺のことすっごく好きだったら、ドラマとかみたいに、俺が炎山とずっと一緒にいるんだって叫んで炎山と一緒に逃げる、とか。」
言い終わると先ほどの笑みを崩して一転照れたような笑みになって、えへへ、という声とともに抱き抱えていたクッションへと顔を埋めてしまう。
俺はといえば、熱斗の発言になんだかとんでもない大告白を聞いているような気持ちになってしまっていて、もう一度頭で反芻してかみ砕いているうちに顔がおもしろいくらいに熱くなっていた。
熱斗が今の俺の顔が見れない状態にあることをなんとなく感謝しつつも、自分ばかりがこんなに照れるなんてと、理不尽な怒りが熱斗に向かう。それと同時にふとある考えが浮かんで、静かに向かいのソファーへと向かい反撃とばかりに熱斗に告げる。
「もし俺が断れないような見合い話が来ても、熱斗がそんなことするまでもなく、俺自ら熱斗を見合い場までつれてってそんなものぶちこわしてやるよ。」
生涯連れ添うのはこいつと決めてますから、とか言って、と熱斗の耳元で囁いてやれば、がばと勢いよく顔が上げられる。その顔は、確実に伏せられたときよりも数倍赤くなっている。そのことに、成功したなと心の中一人ほくそ笑む。
「炎山、顔真っ赤。」
「人のこと言えないぞ、熱斗。」
そんなの言われるまでもないと指摘し返せば、一瞬瞠目して先ほどの照れ笑いに戻った。
熱斗は照れを消そうとしたのか軽く息をついたあと、よいしょと体を起こしてソファーに座り直す。それが暗に隣に座れということだろう、というのを頭で認識する前に反射で空いた空間へと身を沈めてしまう。
「まぁ、どっちにしろそうなった場合は責任をとって熱斗に養ってもらうからな。」
「え、俺が炎山を?」
「もし、会社の事情上で断れないような縁談を破棄したとなればもうIPCにはいられないだろう。」
「また違う会社で働けばいいだろ?」
「今ですら働きすぎてるように感じてるんだ。また働く気にはならないだろうな。」
軽い冗談をそれらしく断言してやれば、俺が炎山を養うのかよと一人ごちて、間を置かずして想像できないなとおかしそうに笑いかけられる。
「どっちかっていうと俺が主夫で炎山が働きにでるって感じがするのに。」
「おまえに主夫は無理じゃないのか。」
「なんでだよ。」
「とてもじゃないがおまえに家事は任せられないからな。」
危なっかしくて、と加えればそんなのやってみなきゃ分かんないだろ、とふてくされて頬を膨らませる。
「それに最初は下手くそでもやってるうちに慣れるって。」
「どうだかな。」
「なんだよ。炎山は俺の愛の籠もった料理食べたいとは思わないのかよ。」
さらっと告げられた言葉に一瞬耳を疑う。今まで聞きたくとも恥ずかしがって決して言ってもらったことのない単語が今の台詞に含まれていた気がする。熱斗はそれには気づいていないのか、ただ拗ねたような表情をしているのみだ。意地かなにかが今の熱斗を占めていて、それに流されてしまっているのだろうか。
「それは食べたいに決まってるだろう。熱斗の愛が籠もってるなら尚更な。」
わざわざ復唱するように返せば、さっきの発言が熱斗からすれば恥ずかしいに分類されるものだったと気がついたのだろう。みるみる耳まで赤くなってしまってる。
「また顔が真っ赤だぞ、熱斗。」
「……おまえ性格悪いぞ。」
「どこがだ?」
「分かってるくせにっ。」
言い捨ててそのまま勢いよくクッションに突っ伏す。くく、と笑い見ていれば、あーやらうーやらくぐもった唸り声が聞こえた。
俺にしてみれば、さっきの単語よりも、その前に俺すらも照れさせた台詞の方が余程破壊力があった気がするが。
「別に照れなくてもいいだろう。」
「俺はそういうのに慣れてないの!」
「じゃあ、慣れるまで言ってみるか?」
「ばか。」
「まぁ、いいさ。まだ機会はいくらでもあるんだ。なぁ、熱斗。」
「……勝手に言ってろ。」
【ひとのゆめ】
来るか分からない未来の絵空事をこんな風になるくらいに本気で語り合ってる自分たちがなんだかおかしく感じる。それはどこかくすぐったく、どこか温かいもの。
けれどもし本当にさっきの仮定が現実になってしまったらきっとそれはもっと深刻で、重たくのしかかって俺や熱斗の精神や感情を押しつぶすのかもしれない。そのときの本当の決断いかんによっては、今こうして話した、温かく感じる何かの方が絵空事になってしまうのだろうか。
そう考えてしまったら、なんだかどうしようもない感情に捕らわれてしまって、熱斗を無理矢理自らの腕の中に閉じこめた。熱斗は、なんだよ、とどこか怒ったように訴えてくる。本当は怒ってなんかいないだろうなと頭の片隅では思っているのに、すまない、と半ば反射的に謝罪をして熱斗を覗けば、予想していたとおり怒っている様子もなく、緩んだ笑みを見せていた。
その笑顔をどうしようもなく愛しいと感じて、同時に放せないとも感じる。その感情に任せて熱斗を強く抱きしめれば、熱斗がむずがるように少し身じろいだ。そんな小さな動作すらも逃したくなくて、その想いのまま強く掻き抱けば、熱斗の熱や感触が、熱斗が愛しいと感じた今のこの気持ちやどうしようもない感情を、遠い未来にも忘れないほどに自分の心に刻み込むんじゃないかと、馬鹿みたいに思った。
この記事にトラックバックする