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あとかた

二次創作の小説と日常の戯言

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魔法使いになりたい日

炎熱/熱斗くんお誕生日小説


【魔法使いになりたい日】




「誕生日、おめでとう。熱斗。」
「……ありがとっ、炎山!」


 熱斗が部屋に入ってきてすぐ。一言一言意識して発した言葉には、喜びや悔しさやいろいろな感情が混ざっていた。目の前でひたすら素直に感情を晒している熱斗にそれが伝わっているとは思わないが。まぁ、それでも喜んでくれたのならそれでいい。
 熱斗がくることを前提として用意された菓子類は、その存在意義を満たそうとするかのように、あっという間に熱斗に発見されたようだ。熱斗は食べてもいい?、と聞いておきながらも、ああ、と返したときにはいただきます、とすでに食べ始めていた。彼も自分のために用意してあるものだと気づいているのか、こんなことはしょっちゅうなので特に何を言うでもなく、自分用のコーヒー片手にその隣へと座った。
 そうすると、熱斗が菓子を食べる手を止めて一言。

「でも、びっくりした。炎山俺の誕生日知ってたんだ。」
「まあな。」

 そう言う熱斗に裏はないのだろう、再びにこにこと菓子を頬ばり始める。けれども俺は、こちら側の事情からその裏のない言葉をまっすぐに受け入れることが出来ない。
 何てこと無いように同意した言葉が何となく後ろめたくい。それを取り繕うためか、ただひたすらに嬉しそうな笑顔を晒す熱斗に対する後ろめたさからか。言うつもりもなかった不名誉な事実はいとも簡単に口から出ていっていた。

「…今日知ったばかりなんだがな。」

 口にするのも嫌だった現実には、あからさまに不機嫌な響きが籠もっていた。隣に座っている熱斗になんとなく目をやれなくて、わざわざコーヒーを飲むことで視線をそっと逸らした。

 俺にとって甚だ不本意だが、熱斗の誕生日が今日だと知ったのは、本日の、しかもたった数時間前だ。
 そして更に言ってしまえば、それを知ることが出来たのもほんの偶然からだった。
 今日ここに来るかも、と以前熱斗が予告を落としていったのを俺は当然の如くしっかりと覚えていて、この時間なら平気だ、というメールをブルースに送らせた。
 そうしたらブルースが情報を持って帰ってきたのだ。今日は光熱斗の誕生日だそうです、と。

 確かに誕生日やたとえば血液型などお互いのプロフィールについて語り合ったことなどない。自ら率先して調べたこともない。だから知らないのも当たり前と言えば当たり前なのだが。

 それでも自分の好きな人の誕生日くらいは調べるなり聞くなりして知っておくべきだった。
 熱斗の驚いて、喜ぶ姿を見たいと望むなら。
 もっと誰よりもずっと祝ってやりたいと、思うなら。

(なんというか、情けない)

 ひとつ大きなため息をこぼしそうになるのはぐっと我慢だ。
 自分の気鬱など置いておいて、今日の本題を持ち出すべく逸らした視線を戻した。

「と、いうわけでプレゼントがない。何か欲しいものはあるか?熱斗。」
「えー、欲しいもの?」

 菓子を摘んでいた手を止め、んー、と首を傾げつつあれこれと悩む熱斗を少し意外に思いながら見守る。熱斗のことだからすぐに「じゃあ、あれ欲しい!」と言うものだと思っていたが、案外そうではないらしい。もしかしたらたくさんある欲しいものの中から選びあぐねているだけなのかもしれないが。

「あのさ、炎山。」
「なんだ?」
「欲しいものじゃなくてして欲しいことでもいい?」
「して欲しいこと?」
「そう。」
「俺にできる範囲内ならな。」

 それを聞いてもなお煮えきらない態度で、首を傾げてはこちらを伺うように見られる。そんなに頼みづらいことを頼もうとしているのだろうか。

(一体何をさせるつもりだ)

「とにかく言ってみろ。聞けるかはそのときに考えるし、出来るだけ叶えてやるつもりでいる。」

 プレゼントも用意できないで、更には一番の願いも叶えてやれないなんて不甲斐無いにもほどがある。が、事によるのは仕方がない。
 早く言ってみろ、と視線で促してやれば、伺うような視線はそのままに、それでもおずおずと口を開くのが分かった。

「思いっきり甘やかして?」

「…………は?」

 思いっきり間抜けな表情を晒しているだろうし、思いっきり間抜けな声がでてしまったがこの際それは無視だ。
 今、なんだかよく分からない言葉が聞こえた気がするのは間違いか?

「だーかーらー、思いっきり甘やかしてってば。……だめか?」

 やはり俺の聞き間違いなどではなく、確かに「甘やかして」と熱斗は言った。
 「ちゃんと聞いてろよな。」と少しむくれていても、やっぱり俺が何というか気になるのか、俺の顔色を伺い見てくる熱斗が上目遣いでかわいい。いや、そうじゃなく。

「良いも悪いも、…なんで『甘やかして』なんだ。」

 聞くことにひどく体力や精神を消耗した台詞は、思っていたよりも自分の耳には何てこと無いように聞こえた。

「なんでって、甘やかして欲しいからに決まってるだろ。」

 ばかだなぁ、とからから笑う熱斗にさっきまでの神妙さはない。そんな熱斗には、俺の心の葛藤など考えつきもしないのだろう。素直な笑みが、今は心に痛みを生じさせている気がしてそっと目を伏せる。

(この願いはたまたま、俺だったんだろうな)
(熱斗はそういう奴だ)

 でも、それが。その言葉に。
 俺がおまえに持っている感情が、その言葉に一体どんな反応を、期待を示すかなんて。

(気がつかないんだろうな)

 自分の弱々しい考えにまた自然とため息をつきそうになって慌てて飲み込む。
 なんと熱斗に返すべきかを考えあぐねて横目で熱斗を見やれば、ふわりと幸せそうに笑む熱斗が視界に飛び込んできてしまい、心臓が一瞬止まるかと思うほどの衝撃にぶち当たる。

「俺さ、たまに炎山が俺を甘やかすみたいにするの好きなんだ。こうさ、ほわほわってして。」
「は、」
「だからさ。な?駄目?」

 純粋に嬉しそうに笑う表情に、そのまま自分では反らせないほどの力で視線を持っていかれる。
 その笑顔と言葉にさっきまでの鬱々とした考えはいとも簡単に昇華してしまった。

(単純だな、俺も)

 「炎山が」という言葉を聞けただけで、もうさっきとは気分が全然違ってしまっている。

 そのまま動けずにいた俺を動かしたのはやはり熱斗で、な?、ともう一度強請るように掛けられた声にようやく頭が正常に動き出す。そのはずなのに、そんな頭が作ったのは、

「普段だって比較的甘やかすことが多いと思うがな。」

 それでもいいのか、なんていう文章で、そんな自分が悲しくなる。けれど、軽く呆れた、と言ってしまっているような台詞も、熱斗はあまり気にした様子を見せず、というよりも、むしろそれを肯定だととったようで、

「じゃあいいんだな!」

 と清々しいまでの良い笑顔を携えていた。

「まぁ、その程度ならな。」
「その程度って…。いつもよりもずーっとだからな!」

 念を押すように言い募るのに、わかった、と返してしまえば、待てを解除された犬の如く飛びつかれた上すりすりと頬を寄せられる。そんな風にされると堪らない。だからといってどうすることも出来ない自分と熱斗の関係があまりに切ない。
 それでも熱斗があまりに幸せそうにすり寄って来るものだから、もやもやとした気持ちもそのまま温かな何かへと変わっていってしまう。けれども、そんな自分も悪くない。

 とりあえずは引っ付いているだけで大分満足しているらしい熱斗を、より満足させてやるためにそっと頭を撫でてやる。
 そうしてやれば、密かに心で呟いた「誕生日おめでとう」のメッセージに応えてくれたような、そんな笑顔を見ることができてしまって、

(頑張るか)

 なんて意志が固くなる。
 そんなこちらが嬉しくなるような笑みを見せてくれるならば、もっとと求めてしまうのも仕方がない。と、激しく自分本位な考えが頭をよぎるが、それは熱斗が幸せであってこそだと自分に言い聞かせて納得させる。
 熱斗の頭を撫でてやる手はそのままに、他に何をしてやればこの子犬のような奴は喜ぶのかを思いつかせるべく、頭をフル回転させた。


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