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あとかた

二次創作の小説と日常の戯言

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純粋、プレゼント

炎熱小説/バレンタイン

 事前に入れられた約束。
 その日がどんな意味を持っているかなんて、もう当然のように知っていて。
 たった一言言われた言葉が、恥ずかしい気持ちを押し殺すだけの勇気はくれた。




【純粋、プレゼント】




 ドアを叩く音はいつもよりもずっと頼りないものになっていた。それはきっといつもは感じないくらいの緊張を抱えているせいだと知っている。それが少しでも逃げるようにと細く吐いた息に、入っていいぞという言葉が重なった。声を出さずとも俺だと分かってくれたことが嬉しい。それが約束していたからだったとしても、それでも。

「よう、炎山。」
「熱斗、すまないがもう少しだけ待っていてくれ。」

 俺が呼んでおいてなんだが、とこちらを見ないで続ける炎山はいつも通りだ。なら、さっき俺が炎山に呼びかけたときの小さな震えは気づかれずに済んだのだろうか。
 ここに来たときの指定席になってしまっているソファーにぼすんと埋もれる。炎山はもう少しだと言っていた。それならきっと待ったとしても10分くらいだろう。それ以上かかりそうなときはそう言うだろうから。
 背負っていたリュックを下ろして少し力を込めて抱き抱える。そうでもしないとおかしくなりそうだ。

『大丈夫、熱斗くん?』

 いつの間にかPETから抜け出したロックマンが耳元で小さく聞いてくる。正直、大丈夫か大丈夫じゃないかを聞かれたら、もう断然完璧はっきり大丈夫なんかじゃない。だからそのまま正直にだめかも、とぼそっと呟けば、頑張れ熱斗くん、と苦笑混じりに言われたのが分かった。
 リュックに顔を埋めながら頷いて、さっきまでよりも強くリュックを抱き締める。それでもこの焦りとか緊張とか恥ずかしいのとかそのままに強く力を入れられないのは、どう考えたってリュックに入っている俺を今の状況にしてくれた箱のせいだ。潰れてないかを確認するためにリュックの表面からなぞるように確かめて、そうしたら心臓がもっとうるさくなった。

(女の子たちってすごいよな)

 今日、学校で浮ついていた女子を思い浮かべる。鞄の中にちらちら見えるきれいに包装されたものは誰かに渡すためのものだ。俺はとてもじゃないけど浮ついていられる余裕がない。
 彼女たちが渡すのは本命だったのだろうか。

(あれは、どうなんだろうな)

 ここに入ったときから目に付く段ボール。に、溢れんばかりに詰め込まれた小包。色とりどりに目立つそれらは、本気を込めて炎山に送られてきたものたちなのだろうか。

(炎山はやっぱ人気あるよな)

 嫉妬、ではない気がする。ただ、なんとなく嫌なだけ。誰かの本気を美味しそうに食べる炎山を想像したら、なんとなく、嫌だった。

(これ以上もらっても迷惑なだけかも、)

 だからといって、誰からかも分からないそんなものに負けてしまうのも、嫌だけどさ。


「待たせたな、熱斗。」

 急にかけられた声に肩が大きく揺れる。なにやらぐだぐだといろいろ考えてるうちに時間が大分過ぎたみたいだ。時計を見たらもう15分が経過していた。ロックマンもいつの間にかいない。ホルダーの中のPETにそっと触れればがんばれと言ってくれてる気がした。

「んー、別にそんなに待ってないから平気。」
「で、だ。」
「なんだよ。」
「今日が何の日かは当然知っているよな?」

 すとん、と隣に座ってまっすぐと目をのぞき込んでくる。全く目を逸らそうとしない炎山にいきなり本題かよ、と心の中でぼやいたけれど、それは全く伝わらなかったのかそれとも無視されたのか、無言で答えを催促された。

「バレンタイン、だろ。あんなにたくさんあったら気がつくぞ、普通。」

 告げた言葉は嘘だったけど。本当でもある。
 視線を炎山から外してさっきから気になっていた段ボールへと移す。炎山は俺の視線を追って見たあれに眉を寄せ、そして再び俺を見たかと思ったら重々しいため息をついたのだった。

「なんでため息つくんだよ。」
「まぁ、熱斗だしな。」
「だから、なにが。」

 はっきりとしない炎山を問いつめようとしたけれど、すらりと交わして炎山は仕事机へと戻っていった。
 再びこちらに戻ってきた炎山の手には、小さな包み。あれって、もしかしなくてもひょっとする?

「ほら、熱斗。」
「これってもしかしてチョコ?」
「このシチュエーションで他に何か考えられるか?」
「それもそうだけどさ。」

 まさか炎山が用意してくれているとは。渡されたのは布の綺麗な包み。リボンに軽く手をかけて伺うように炎山を見たら笑って先を促された。

「これ、もしかして高いんじゃ…、」

 布の袋から出てきたのは、やけに立派な箱。箱の蓋にはたぶんお店の名前が金色で書かれてある。それが茶色の箱と相まってなんだかすっごく立派に見える。

「いや、そんなに高いものじゃない。」

 本当かよと炎山に視線で訴えたけど、炎山は笑顔のまんまできっと何回聞いたって同じことしか言わないに違いない。
 まぁ、聞いたところでもらうことには変わらないだろうし、と諦めて蓋を開ける。中にはやっぱり高そうかつすっごくおいしそうなチョコが4つ。そのうちのひとつはなんだか見たことがある気がするな、と考えたら、すぐに思い出せた。そういえば、これ前にここで食べさせてもらったやつだ。すっごくおいしくて、それを炎山に伝えたのをきっと覚えててくれてたんだ。なんだか、嬉しい。

「食べてもいい?」
「当たり前だ。」

 初めて見るチョコをひとつ口に放り込む。チョコを噛んでみればコーティングされたチョコの中からまた違った甘い味が口いっぱいに広がった。

「渡してよかったみたいだな。」
「当たり前だろ。でも何でそんなこと言うんだよ。」
「すっごく幸せそうな顔してるぞ、熱斗。」

 俺は、思ってることがすぐ顔に出やすい、とよく言われる。それがそうなら俺が今幸せに見えるのも仕方がないだろう。だって今すっごく幸せだ。
 そこではたと気づく。俺はこんな美味しいチョコを、しかも他ならぬ炎山に、もらえて嬉しい。けど。

(俺が持ってきたチョコどうしよう)

 どう考えたってこんなおいしいチョコに見合うはずがない。どうせなら、今渡すのはやめてホワイトデーに返した方がいいのかもしれない。

(うん。そうしよう)

「ありがと、炎山。すっごくおいしかったぜ。ホワイトデー、期待してろよな。」
「あまり期待しないで待ってるさ。」
「あ、ひっどいの。」

 意地悪に笑いながら言われた一言は、本気なんかじゃないって知っている。期待しないっていっておきながらあんまりなものをあげればきっと結構凹むんだ、炎山は。単純なところがあるって知ったのは、出会った頃には考えられなかった進歩。

「どうする、熱斗。俺はこのあとフリーだが。どこかに行くか?」
「だったら、ゲームセンター行ってネットバトルしようぜ!久しぶりだろっ?」
「そうするか。」

 久しぶりにできる炎山とのネットバトルにわくわくする。そんなだからすっかり忘れてた。これはその罰かもしれない。ロックマンに口止めするのを忘れていた、そのせい。

『こら!熱斗くんもチョコ渡さなきゃ駄目でしょっ!』

 いきなり響いた声に、そのセリフに小さくぎゃっと悲鳴を上げてしまった。ロックマンはいつのまにか目の前に立っていて普段俺を叱るときみたいに腰に両手を当てていた。

「ロックマンっ!チョコのこと言っちゃだめだろっ。」
『だって、熱斗くんこのまま遊びに行ったら忘れちゃうでしょ。』
「いいんだよ、渡さないことにしたんだからっ。」
「なんで渡さないことにしたんだ、熱斗。」

 今度の悲鳴はひゃっだった。ロックマン越しに投げられた視線が痛い。ロックマンに何で言うんだよって睨めば、さっきと変わらない叱るときの目に渡しなさいって言われた気がする。
 本当は。心の底からロックマンに怒れないのは、ロックマンが俺のことを思って言ってくれてるって知っているからだ。渡さなきゃきっとあとで悲しくなるよって言ってくれてるんだと思うんだけど。今渡すのが一番いいよって。でも、もうちょっとこう炎山には聞こえないように言って欲しかった。炎山の視線が本当に痛い。

「えっと、チョコはだな、」
「ほら。早く言え。」
「だって、あんなにたくさんもらってるからもういいかなぁっと。」
「誰からかも分からないものをおまえのより優先すると思うのか?」
「さ、さぁ。」
「しない。」

 鋭かった視線が一層細められてうっと詰まってしまう。ここまできてまだ思い切って一歩が踏み出せないのは何でなんだろう。

「それだけか?」
「あ、とは、」
「なんだ。」
「炎山にもらったチョコには遠く及ばないって言うか、」
「そんなこと気にする必要はない。俺は熱斗からもらえるならどんなものでも嬉しいぞ。」

 まだ言いかけの言葉を遮って先に進む炎山にもう言葉は見つからない。小さく唸る俺にもうなにもないと思ったのかほら出せとばかりに手が出される。炎山はさっきの怖いのはなくなって、少し意地悪く笑ってる。
 ため息一つ落として、さっき背負いなおしたばかりのリュックを下ろす。ゆっくりチャックを開ける俺は、まだ何かを振り切れてないまま。そういえば、俺を強引に押したロックマンがまたいつのまにかいなくなってる。いつ戻ったんだろう。

「……はい。」
「ありがとう。」

 黄色く包まれた箱を手渡す。この箱を渡した瞬間に炎山の表情ががらりと変わったのが分かってなんだか気恥ずかしい。
 炎山はチョコの箱片手に俺の手を取ってさっきまで座ってたソファーまで誘導する。出かけるのは後回しになったみたいだ。
 俺が座ったのを見て、炎山は俺の時とは違ってためらいもなくリボンをほどいた。そのままやっぱり炎山は丁寧に包装紙を止めているセロハンテープをはがしていく。その動作がやけにゆっくりだから、だんだん恥ずかしさが積もっていって耐えられなくなって視線を思いっきり反らした。
 それでもやっぱり炎山の様子は気になる。聞き耳を立てて、がさごそと紙のこすれる音が妙に耳に響いてどうしようもない。しばらくしてその音も止んだのに何の反応もしない炎山に不安になって、横目でちょっと見てみたら完全に固まってる炎山が目に入った。

「どうしたんだよ。」
「……、これ手作りか?」
「…そうだよ。」

 どう考えたって一目で手作りと分かる形の崩れたチョコ。そりゃあ、炎山のくれたものには到底及ばないけどさ。それでも、初めてだったんだから。

「ありがとう、熱斗。大事に食べさせてもらう。」
「へへ。」
「…それにしても意外だな。」
「なにが?」
「おまえが手作りだってことが。」

 炎山の言葉にギクッとしたのがまずかったのかもしれない。あからさまにあたふたする俺は、自分でもこれじゃあまずいって思ったけどそれでも押さえられない。炎山はこんな俺に一瞬驚いたみたいだったけどそのすぐ後にそれはもう綺麗に笑った。その笑顔にものすごくどきどきするのに、それは炎山がなにか意地悪なことを考えてるときの笑顔って知ってるからどきどきは倍増だ。

「なぁ、熱斗。」
「…なんだよ。」
「なんで手作りしてくれる気になったんだ?」
「うっ。」
「熱斗?」
「うぅ。」

 笑顔で詰め寄る炎山の迫力ったらすごい威力だ。せっかくソファーのはじっこに寄ったのに近づいてくるし、逃がすように逸らした視線も捕まえられてる気しかしない。

「俺が、あのチョコにしたのは熱斗が大好きと言ってたからだぞ。」
「あー、」
「それで?熱斗はどうしてだ?」

 知ってたさ。俺が好きなのを覚えててくれたってことぐらい。でも、それを本人に言われてしまうと気づいたときとは比べものにならないくらい心臓が騒ぐ。
 でも、俺だって、

「手作りにしたのは、」
「ん?」
「炎山が、喜ぶよって、言われたから、だから、」

 昨日の帰り、メイルちゃんが、私と一緒に作らない?って聞いてきたんだ。俺はバレンタインに炎山にあげる気なんて全く無くて、それに手作りなんて難しそうだし。
 けど。
 「熱斗が手作りして渡しでもしたら炎山絶対に喜ぶわよ?」って、メイルちゃんが言って、それで何かが壊れて、喜んでもらいたいなって思って、流されるままにメイルちゃんと作った。

 言ってしまうとそれまでだってこれ以上無いくらい心臓がうるさかったのにそれよりも激しく鳴っている。その体に響く音にいたたまれなくなってちらり見た炎山は真っ赤だった。

「えんざん?」
「…なにも言うな。」
「え、うん。」

 低く唸るように出された言葉はどこかせっぱ詰まって聞こえた。それと赤い顔を合わせて、炎山もどきどきしてるのかなって思ったら俺の心臓は少しだけゆっくりになった。その音はさっきよりは遅いせいか、慣れてきたのかちょっと心地いい。
 そんな風に感じていたときに炎山の投げ出された手が目に入って、なんだかその手を取るのが自然に感じられたから。だからそう思った通りに手を重ねてみる。炎山のびくっとした驚きが重ねた手から伝わってきてなんだか楽しい。
 ちいさく出てしまった笑いに反応してかちょっと痛いくらいの強さで炎山が握り返してきた。少しの痛みはけれどなんだか気持ちよくて、じんわり伝わってくる炎山の体温が嬉しい。
 まだ赤いままの炎山の顔を見て、俺の顔もやっぱり赤いんだろうな、と思う。
 なんだかほわほわしたみたいな雰囲気にちょっとだけまた自然に笑ってしまった。だから俺もちょっとだけ力を入れて炎山の手を握り返して、今日はもう出かけなくてもいいかなって思ったのが伝わってればいい。
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