炎熱/クリスマス小説
息を吐く度に目に付く白は、今の寒さを如実に表していた。
今日はクリスマスイブと休日と言うことが相まってか、周りにごった返した人々はどこか色めきたっている。けれどクリスマスには付き物である、夜になればそれを更に盛り上げるであろうツリーのライトも店などのライトも、昼の今はその魅力を潜めてしまっている。
そんな取り留めのないことを考えていること数分。おーい、と決して聞き違えることなど無い声が耳に入ってくる。声のした方角に目を向ければ、今日は遅刻することなく来たらしく、元気に手を振る熱斗が視界に入る。その途端待っていた間の寒さなんて気にならなくなった自分はなんて単純なんだと苦笑して、そんな俺に駆け寄ってきた熱斗は息を切らせながらまっすぐに俺を見、ごめん、と告げてそれから少しの間を置いてから再びごめんと言った。今度は気まずそうに逸らした視線と共に。
【サンタはくれない贈り物】
「何をそんなに謝ってるんだ?別にそんなに待ってないぞ。今日は熱斗も時間通りに来たしな。」
「それもあるけどそうじゃないっていうか、」
なんていうか、と目を泳がせたままらしくなく言葉を濁す熱斗。ちらりと伺うように小さくよこされた視線に気づき、目だけで先を促してやれば、一瞬うっと詰まったものの、やはり気まずそうにしたまま理由を話し始めた。
「プレゼント、」
「ん?」
「用意できてないんだ。」
「なんだ、そんなことか。深刻にならなくても構わないぞ、別に。少し残念だけどな。」
「そうじゃなくて、」
そうじゃなくて、ともう一度繰り返して俯く。その前にちらりと見えた瞳が大きく揺れていた気がしてなんだか不安になってきた。ここで俺まで挙動不審になってはどうしようもないだろう。
熱斗、と小さく呼んで肩に触れれば、大きく嘆息してそのまま俺の触れている肩が落ちる。
「俺、おまえが何好きかよく知らないんだってことに気づいたんだ。炎山は俺が好きなものたくさん知ってるのに。」
開き直ったように口調は強めなのに、上目遣いでこちらを見る熱斗の瞳はやっぱり揺れていた。
なんだかいろいろ考えたらしい熱斗には悪いが大したことでなくて良かったと思ってしまう。知らず入っていた力が肩から抜けるのは今度は俺らしかった。
それに、不謹慎だがそんなになるまで俺のことを考えていてくれたということが心の底から嬉しい。
「そんなに落ち込むようなことでもないだろ、そんなこと。」
「そんなこと、じゃない。」
ふてくされているのを隠そうともせずに頬を膨らませて言い返される。自分のことでそんなにというのが嬉しくて、つい笑みをこぼしてしまえば目の前の熱斗が見過ごすはずもなくじろりとこちらをねめつけてくる。
「笑うなよな。」
「いや、可笑しいとかじゃなくて、嬉しかったんだよ。」
「なにがだよ。」
「何って、おまえがそんなに俺のことを考えてくれていたってことが。」
正直な気持ちに微笑も加えてやれば、熱斗の頬に朱が走るのが簡単に見て取れる。さっきの行動は熱斗を詰まらせることもしたらしく、今まですいすい言葉を発していた口は、今はただ意味のない音と共に開閉を繰り返すばかりだ。
「何をそんなに照れてるんだ?」
「、だ、おま、」
「それに、だ。少なくとも熱斗は俺が一番好きなものは知っているんだからいいんじゃないか?それで。」
「なんで俺が知ってるってそんな言い切ってるんだよ。」
事実を断言してやれば熱斗は不服と疑問を合わせたような表情になった。前々から思ってはいたが、どうやったらそんなに器用に自分の心情を表情に映し出せるのだろうか。
そんな思考を読まれぬうちに熱斗に絶大なる効果を与える言葉を告げる。どうせなら最大のダメージを、と彼が普段見るだけでたじろぐほどの笑みに乗せて。
「俺が一番好きなのは熱斗だぞ?」
この言動は狙い通りに熱斗の視覚と聴覚に多大なる刺激を与えたらしい。硬直したかと思ったら、熱斗はさっきのとは比べものにならないほどに、それはもう盛大に赤くなった。それから数秒後。熱斗は硬直からとけるやいなや勢いよく顔を伏せるが、それまで曝されていた赤は無かったことにできるわけもない。更に言ってしまえば、顔は伏せて隠せても、隠すことの出来ない耳がきっと客観的に見れば哀れなほどに赤いままだ。主観で言えば嬉しく感じるばかりだが。
くす、と薄い笑みが自然浮かんで、最後に一撃とばかりに、熱斗、と俯く彼の耳元で極力甘く囁いてやる。普段あまりこれをすると、鳥肌が立つからやめろ、とあまり可愛くないことを言われたりするのだが、今の熱斗には痛恨の一撃になると確信できる。
がば、と思い切りよくあげられた顔はさっきと変わらぬまま赤く、こちらを睨み上げてくる眼差しは許容を越えた羞恥からか涙が浮かんでいる。そこまで照れる熱斗を見て嬉しいと感じる俺の性悪さはもう既に今更だった。
「おまっ、さっきのといい今といいそういうこと言って恥ずかしくないのかよ!」
「熱斗にはこれぐらい直球じゃなきゃ伝わらないことが多いからな。」
叩きつけられた言葉にさらり言い返せば、はっきりとは否定できないのかもごもごと「そんなことない、」と言っているのが聞こえる。
けれどこれについてはこのまま続ければ水掛け論に発展することが目に見えていたから、わざとらしいまでに、「そういえば俺へのプレゼントの話だったな。」と話題を戻してやる。すれば、
「そうだよ!おまえにやるプレゼントの話をしてたんだよ!」
と、少し立ち直ったらしい熱斗が詰め寄ってくる。やっぱりおまえは単純だな、と彼の美点でも欠点でもあるそれを評価した。その評価のままいじわるに笑みを浮かべれば、何か感じたのかさっき寄ってきたばかりの熱斗が一歩引いた。
意地悪な笑顔はそのままに、その一歩を今度は俺から詰めてやり反応が楽しみだと心中も同様に笑いながら、俺にとっては最高の、熱斗にとっては意地悪な、提案もしくは通牒をした。
「というわけで、プレゼントは熱斗からの熱烈な告白だな。」
「なにが、というわけ!?」
俺の言葉にたじろぐわけでもなく素早く突っ込んだ熱斗の顔には嫌だと何でが折り混ざっていた。
「俺は熱斗が一番だと言っただろう?」
「だからって、何で、熱烈とか、」
「熱斗は俺が欲しいものをくれようとしていて、俺は熱斗も俺が一番だという言葉が欲しい。しかもこれは今すぐに用意できる。これ以上のものがあるか?」
「う、」
言葉に詰まった熱斗をまっすぐに見つめて笑む。俺の視線を受け止めづらいのか泳ぎだした熱斗の視線。
まぁ、いますぐは無理だろうな、と諦めつつも俺が望んでいると分かった以上絶対に熱斗がそれをくれる自信はあった。今までだって望み続けてたんだ。今日一日くらいどうってこと無い。
そろそろ行こう、と固まったままの熱斗の手を取り歩むいつもの道も、胸に秘めた期待のせいか、らしくもなく気分はいやに浮き立つ恋人たちに紛れてもおかしくないほどだった。
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