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あとかた

二次創作の小説と日常の戯言

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えんじぇるだすと

炎熱小説/別れたんじゃなくて出張。と言い張る。


 暗い天井が目に飛び込んできた瞬間、がん、と頭の中に音が鳴り響いた気がしたのはたぶん勘違いだ。寝起きに関わらず妙に冴え冴えとした頭が気持ち悪い。
 最悪な目覚めだ。そのまま寝直す気にもなれず、ため息一つとともに上半身を起こす。
 気を抜けば頭を過ぎる夢に少しの恐怖を感じながら、隣へと視線を落とせば求めていた人が確かにそこに存在していて、知らず詰めていた息が抜ける。はぁ、と吐いた息は何の音もしない部屋にはやけに大きく響いた。それが原因か、それはそれは珍しいことに普段は寝汚い人物は、手で瞼を擦り目を覚ます兆候を示す。そうなることを心の底で密かに期待していたことを否定なんてできないが。
 そのほんの数秒後、言葉に表せない音を少しこぼした後に、重たそうに瞼を開いていく。その様子はやけにゆっくりと俺の目に映って、それがもどかしくてたまらない。

「ん、」
「…起きたのか?」

 うっすらと目を開けぼんやりとこちらを見上げる瞳に小さく問いかければ、うん、と辛うじて聞き取れるくらいの声で返ってきた。

「起こしたなら、悪かった。」

 本当半分嘘半分を織り交ぜて、苦笑してみせればただじっと見つめてくる瞳と正面からぶつかる。ぱちぱちと瞬きをしながら、それでもただ。
 そのまま視線を外せなくなる中、そんな彼の、ゆっくりと、それでも確かに何か発しようとゆっくりと開かれていく唇を視界の端にしっかりと捕らえて、そのまま何故か意識を持っていかれた。

「どうかしたのか?」

 寝起きのくせに妙に確信めいて問いかけてくるから、そんなことはないとは言えなくなる。

「ただ夢見が悪かっただけだ。」

 自然苦笑いが浮かぶのは、こんなことが理由だなんて本当は言いたくはなかったからだ。けれど、ただ、本当にただこちらを見てくる目に押されてしまう。隠そうとしたのもくだらない矜持のためだ。話してしまうことに本当はなんの問題もない。

「どんな夢だったんだ?」

 しっかりと会話のやりとりは成り立ってはいるがまだ完全には目が覚めていないのだろう。少し呂律の回らない口調で聞かれた内容にぎくりとしてしまう。

「悪い夢ってさ、言うと良いっていうだろ?」

 相手の寝ぼけに任せて曖昧にごまかすはずだったそれは、ぼんやりと、けれども穏やかに微笑まれてしまうことにより、無意識のうちにあっさりと口から出てしまっていた。

「ただ、」
「ただ?」
「目が覚めたときに隣におまえがいなかった、っていうだけの夢だ。」

 ふーん、と相づちを打ちつつも、だけなの?と返してくる彼の、その真意を受け取り損ねて表情にそのまま素直に出してみれば、やっぱり穏やかに笑いながら、

「だって俺は、側におまえがいなかったら、嫌だもん。」

 一言一言噛みしめるような言い方に、触発されるかのように目頭が熱くなっていく。

(そんなの、俺もだ。)
(けれど、)

 心中の独り言に、けれどとはなんだ、と突っ込んでみて、けれど体は考えなくとも自然と手が伸びてしまっている。
 そんな俺の仕草に、満足そうに笑みを深めながらも、手を伸ばし返してくれた。そのことに、深い安堵を覚える。
 そのまま、寝たままの彼に覆い被さるように抱きしめて、



(、これは、)



 抱き寄せた体温の妙な虚ろに、気づいた。
 気づいてしまう。

(ああ、これは、)

「おやすみ、えんざん。」



 その声に誘われるままに落ちてしまう瞼。
 そうしてそのまま残酷な闇へと堕ちる。


 君の声は眠たげに。けれどもどこまでも優しく俺を包むのを感じるのに。





【えんじぇるだすと】






 目覚め際に響いた声が剥がれない。
 手を伸ばしても触れるのは当然無機質な布の感触だけ。

 愚かだと、自嘲することすら、今は、


「   、」


 もう何度も、それこそ数え切れる分けがないほどに呼びなれたはずの音は、なぜかひどく咽につかえて。
 掠れてしまった名前は、そのまま空しく響いて落ちた。
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